一喜一憂、徒然日記

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昨日は終戦記念日

昨日は終戦記念日・・・

正午にサイレンが・・・和歌山は鳴りません。

このサイレンが鳴っているのは高校野球の中継でしか見た事がないのですが
他の県は鳴っているのでしょうかね??


終戦記念日には戦死した祖父の事を思い出します。

私の祖父は母が三歳の時にまだ二十代の若さで戦死しました。

海軍兵だったのに兵士が足らないと言う理由でソロモン群島に上陸、そして銃撃戦で打たれて亡くなったそうです。

当然遺骨は帰って来ず当時4歳だった叔父は空っぽの白い布に包んだ遺骨を入れる箱に
小さい祖父の遺品を入れ母や祖母達を連れて家に歩いて持ち帰ったそうです。

その道中、道行く人は母達一行に道を譲り敬礼をしたりお辞儀をしてくれたそうです。
電車なんかも止まり道を譲ってくれたそう…

そんな戦死を遂げた祖父の詳細は最近まではっきりと私達親族は知りませんでした。

当時、母の家には祖父が戦死した・・・と言うことだけ小さな遺品と共に伝えられただけでした。


場所は解っていたものの、正確な日付、戦死した理由などは告げられなかったそうです。

祖母も早くに亡くなり、正確な情報が得られないまま・・・数十年。

母は自分の父親がどんな戦死を遂げたのかズット気にしていました。


祖父が海軍であった事もあり両親は何年か前に呉の大和ミュージアムに出向きました。

そこには軍艦ごとに戦没者の慰霊碑が建ち、
戦死の詳細がわからない人の為に調べていただけるような施設みたいな所もある。

母は早速調べてもらうように手配をしてもらい和歌山に帰ってきました。


数日後、連絡があり謄本のコピーのようなものが届きました。


その謄本のようなものには祖父が徴兵されてから戦死するまでの詳細が書かれておりました。


母は食い入るように自分の父親の足跡をたどり、目には薄っすらと涙を浮かべてたように思います。


母の祖父に対する思い出は無く、顔は写真での記憶のみ。

現代に生きる私には想像できないような重く寂しい思いが母にはあったんだろうと思います。

戦後に生きた母たちの気合と根性・・・
現代の私達は見習わなくてはいけない・・・
多分同じようには出来ないけど少しでも近づけるようになりたいと時々思います。


そして命を繋いでくれ日本を平和にしてくれた祖父に感謝の気持ちを祈りたいと思います。

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大和ミュージアム
呉に来られたんですね。戦没されて行方が分からない方が多いと聞き、大和ミュージアムに来られて探されてる方多いようです。
アレイカラスコジマやあちらこちらと見学される方もちらほら。
戦争のことは、祖父母から一切聞いたことはなかった。たぶん辛かったんだと、話すだけでも辛いんだと思いました(今だからわかるんですよね)。
B29が飛んで広島市内に飛んで行っているのを見た母親・・・長崎の方向できのこ雲を見た父親。
私の両親も、あまり戦争のことを語らない人なので、自分の子供には、自分の知識でわかる範囲内で教えている状況です。
にゃんこくんの保育園の周りには戦没者の碑などがあるので、説明とか書いて得るので教えやすくなっています。先日曾婆ちゃんが亡くなって以来、「死」とは何なのかと考えるようになってきたようです。
この機会に、戦争のことちゃんと話して命が大切なことも教えていきたいと、ブログを読ませて頂いて痛感いたしました。有難うございました。

372
momoさん
ご無沙汰してごめんなさい。

被災地以外の場所でも平和学習が学校教育等に浸透していってくれればいいな~と思うのですが・・・



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